『引き際の美学』
近年、同年代の歯科医仲間と久しぶりに会ったりすると、必ず出てくる話題がある。「いつまで仕事を続けるか?」「いつ仕事を辞めるか?」という話である。
「まあ、そういう年になったんだよ。」と言ってしまえば、ハイ、それまでヨ。それでも引き際の美学にこだわれば、その思考のよりどころは、私の場合、やはり映画ということになる。
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「マッカーサー」(ジョセフ・サージェント監督作品:1977年)
私が高校3年生の時に見た映画で、ほとんど内容は憶えていない。それでも1978年の私のベスト20にランクインしてるので(第15位)、そこそこ感動したんだと思う。この映画は、名優グレゴリー・ペックがアメリカ軍人ダグラス・マッカーサー元帥を演じる伝記映画なのだが、最も記憶のクサビとして残るのは、彼が退任の挨拶で述べた「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」という名言である。この言葉はマッカーサー本人のオリジナルだと思い込んでいたのだが、これには引用元があることを近年再認識した。これは、米英の軍歌(兵隊歌)『Old Sodiers Never Die』の一節をマッカーサーが引用したのであった。ウィキペディアで調べると、さらにこの軍歌も、ゴスペル歌『Kind Thoughts Can Never Die』の替え歌なんだそうだ。いろいろ手繰ると面白いものだ。
さてこの名言の解釈は、「死なずに役目を終えたことを誇りに思う」とか、「苦労を重ね戦い抜いた日々も、引退すれば忘れ去られるものだ」とか、様々である。映画の中の印象では、トルーマン大統領との確執の結果、自身が元帥の任を解かれた経緯を苦くにじませたニュアンスがあったように記憶している。その歴史的な背景はさておき、私の解釈は「死なずに役目を終えるのは本望、後のことは何卒よしなに・・」という感じである。引き際は「スーーっ」と消えるのが、良いよね。
蛇足だが、昔から(この映画を観てから)私の頭の中に現れるマッカーサー元帥の「写真」や「映像」は、グレゴリー・ペックの顔なのだ。彼は以前、新聞記者をやっていて、取材で滞在していたローマで,お忍びのアン王女と休日を過ごし、その後漁師になって白い鯨を追い求め、最終的に陸軍に入隊して元帥にまで上り詰めた・・という妄想がどうしても頭の中でうごめいてしまうのだ。いゃ~映画によるインプリンティングとは恐ろしきものなり。
「25年目の弦楽四重奏」(ヤーロン・ジルバーマン監督作品:2012年)
この映画は、結成25年目を迎える「フーガ」という名の弦楽四重奏団の話である。25周年記念の演奏会ではベートーベンの弦楽四重奏曲第14番:作品番号131を演奏することになっている。私はクラシック音楽に関してはほとんど知識を持たないのだが、「(普通の弦楽四重奏曲は4楽章形式なのだが)この曲は7楽章まであり、しかも区切りなく最初から最後まで弾き通さなければならない、ベートーベン最晩年の前衛的で実験的な難曲」なのだそうだ。映画公開当時のパンフレットにはこのような解説と共に、各パートの楽譜(1頁ずつだけど)がオマケとして封入されていた。
メンバーの長老で「フーガ」をまとめてきたチェリストを演じるのは、クリストファー・ウォーケン。彼が初期のパーキンソン病を発症したことから、この記念演奏会を最後に引退することを表明する。彼の引退宣言を縦軸とし、横軸としてメンバー間のドロドロとした人間関係(夫婦や友情の亀裂、不倫、芸術論の衝突etc…)が絡み合う。まさに記念演奏会に向けて、彼らは不協和音の嵐をくぐり抜けられるのか?という展開となる。
このチェリストはどんな風に引退するか?引き際はどうなるのか?はたまた演奏は完遂できるのか?・・・ここでラストシーンのネタバレを許してもらいたい。記念演奏会当日、演奏は第6楽章まで順調に進んできたが、アップテンポになる最後の第7楽章で、チェリストの弓が止まる。曲の速さに腕が、指が、ついて行けなくなったのだ。メンバー間のアイコンタクト。ついにその時が来てしまった。チェリストの諦念の微笑み。止まってはならない演奏が、そこで止まる。チェリストはチェロを置き、満場の観客に向かいお詫びと別れの挨拶をする。そして舞台袖で控えていた「次のチェリスト」を紹介し、自分は舞台を降りる。チェリストが入れ替り、第6楽章最後の4小節まで戻って演奏は再開され、第7楽章へ突入していく・・・。
このチェリストの引き際から連想するのは、落語家で戦後の名人の一人に数えられる「黒門町の師匠」こと八代目桂文楽、最後の高座~伝説の幕切れ~である。最晩年の文楽は高座に上がる前に演目のおさらいを必ず行い、高座でしくじった時の詫びの稽古までしていたそうだ。彼が亡くなる約4ヶ月前のこと、高座で噺を進めていたが、次の台詞が思い出せず絶句する。「台詞を忘れてしまいました・・・申し訳ありません。もう一度・・・勉強し直して参ります。」と挨拶し、深々と頭を下げて噺の途中で高座を降り、そして二度と高座に上がらなかったそうだ。
芸術家がストイックに、ギリギリまで攻め抜いた結果の、この幕切れ、この引き際。なんとも凄く、かっこいい!痺れる!・・・でもねぇ、歯医者は、(口腔)外科屋は出来ねぇ、この引き際だけは出来ねぇんだ!手術は途中でやめるわけにはいかねぇんだなぁ。
「トイ・ストーリー4」(ジョシュ・クーリー監督作品:2019年)
トイ・ストーリー・シリーズは私の娘の成長と共に観てきた映画である。「1」は娘が4歳になったばかりの頃、「2」は8歳の頃、一緒に楽しく映画館で観た。主人公ウッディ(保安官のカウボーイ人形)やバズ(スペース・レンジャーのアクション・フィギュア)の持ち主であるアンディは、私の娘とほぼ同じぐらいの年齢で(映画の中で)同じように成長していったのだ。「3」では、アンディが大学進学のため家を離れ、おもちゃ箱の中で埃をかぶっていたウッディやバズにも別れを告げることになる。「3」を観たのはちょうど娘が大学進学のため家を出た直後で、私は一人映画館で号泣した次第。私としては「3」が最高傑作で、もうシリーズ完結!と疑いもしなかった。ところが・・・である。「4」が9年後にやってくる。もういいだろう、ネタないんじゃない?と思いきや・・。
ウッディはアンディと別れた後も、5歳の女の子ボニーのおもちゃという役割を全うしようと鋭意努力を続けていた。ウッディは「誰かのおもちゃ」であることのポリシーやフィロソフィーをずっと大切にしてきた。しかし、子供は成長するにつれ、古いおもちゃは卒業して、新しいおもちゃで遊ぶもの。その繰り返しが、成長そのもの。おもちゃは、遅かれ早かれ、捨てられ、忘れ去られる運命にある。ウッディはこの「受け身」の運命に立ち向かうことを決断する。ウッディは「誰かのおもちゃ」であることを自らの意思で卒業して、「ただのおもちゃ」「不特定多数の子供たちのおもちゃ」となることを選択するのだ。
ウッディは「自分の役割をしっかり全うしたと感じたなら、自分の意思で次のステップに進めば良いんじゃないの?」と私に語りかける。「クビになったり、邪魔にされたり、やめることを期待されての退職じゃなく、自分のエンドポイントを自分で決めて、それを全うして引退するのは一番の幸せ」であることを、おもちゃであるウッディに教えてもらうとは・・・・・私は夢にも思わなかった。
「ありがとう、ウッディ。その通りだぜ。」と頭をかきながら、私は呟くのだった。
・・・と言いながらも、いざその時になると色々と後ろ髪を引かれるんだろうなぁ、とも思う。でもね、私ね、後ろ髪を引かれつつ、それを振り切るのには自信あるのよ。私の後頭部から襟足方面の毛髪はまだ充分豊富だから大丈夫! 一方、前髪を引かれるのは(何かに誘惑されるような状況・・・?)めっぽう弱い。毛髪の残量は警告ランプがつきっぱなしで、しかも残りの毛髪の毛根も弱~~いからなぁ・・ダメダメ・・・そんなに引っ張っちゃごっそり抜けちゃう・・・などと言って前のめりになってしまうのが常なのだ。
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5~6年前、ある会合で8人の歯科医師(一人か二人、私より若い先生がいたが、他はみんな年上)が円卓で食事をしていた。冒頭で書いたような「いつ仕事を辞めるのか?」という話題になったとき、私を除く7人中4人までが引退の時期を「75歳」と言ったのである。「無理、無理、無理!」と私は心の中で叫んでしまった。私以外の先生方は個人開業されている方々だったので、少しずつ仕事内容を限定していって、フェードアウトするようにリタイアするイメージだったのだと思われる。しかし私の引き際の考え方は、「今できている仕事ができなくなる前に区切りをつける」ということであり、いいところ65~66歳が自分のリタイアの時期と決めていた。今年で歯科医になって39年目、よりよく生きるために仕事をしてきたし、仕事をするにあたっては半端なことはしない、「歯は抜くけど手は抜かない」よう努力してきた。そしてあと3年後には、「自分で決めたエンドポイントまでしっかり仕事を全うし、かっこつけずにケリをつけ、最後にスーッと消えていく」という理想の引き際が訪れることを願うばかりなのである。
そうだ、この「引き際」のイメージは、映画「フィールド・オブ・ドリームス」にあったなぁ。仕事を引退するような場面ではなく、幽霊が「夢の野球場」を去ってあの世へ戻っていくシーンだ。
バート・ランカスター演じるドクは「最後の仕事~喉を詰まらせた主人公の娘の命を助ける~」を終えて、トウモロコシ畑の中にスーッと静かに消えていくのだ。これだよね、このイメージだよ!
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