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by nikikai_sapporo

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『墨攻(ぼくこう)』を読んで

 今回は『墨攻』という酒見賢一氏の小説と森秀樹氏の漫画を読んで感じたことを書きたいと思います。

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 題名になっている『墨攻』という言葉は作者の造語で「墨守」(意味:自己の習慣や主張などを、かたく守って変えないこと)という言葉に掛けている類義語です。その意味は明瞭化されていません。
 ちなみに墨守という言葉、その起源は”墨家(ぼっか)”という思想家集団から来ています。墨家とは2300年前の中国、群雄割拠の春秋戦国時代において墨子によって興り、「非攻」と「兼愛」などの思想を唱え、自ら攻撃せずに守る事を実行して各地の守城戦において活躍し、諸子百家の中でも儒家と二分する程に勢いが盛んだったにも関わらず秦時代に移ると突如として姿を消した集団です。墨家は城を守り抜くために徹底して攻撃する側の研究をしていました。守城の修繕法、攻城兵器の対策、守備兵達の士気を高めるための心理研究、敵国への懐柔策など…、非攻を唱えつつも墨家は優秀な戦闘集団の側面を持っていました。その頑に守り抜く様が「墨守」の言葉の起源とのことです。

 では、物語についてです。大きく分けると二つの構成になっています。
 前半は大国の一つ“趙”が隣国“燕”を攻めるため、燕の国境にある梁城(城塞都市)に大軍を送るところから物語は始まります。
趙の大軍数万に対し、梁の全住民は僅か4,000人程。梁王は戦争のない平和を理想とし、ただ守るために死力を尽くすという”墨家”からの救援を待っていましたが中々現れず、
小心者であった王は降伏を考えていました。しかし、そこに一人の男が現れます。その男は”墨家”の革離(かくり)と名乗った…。権力に魅せられ、墨子の教えをよそに徐々に腐敗していく墨家集団に対して疑問を持ち、命に背いて一人で梁城に来た革離と、趙の将軍にして攻城戦の名手“巷淹中”(こうえんちゅう)との虚々実々の攻防が描かれています。革離が趙の大軍相手に様々な守城技術、民を束ねる統率力を駆使し梁城を“墨守”していく様は圧巻でした。最終戦では敵兵が守城に傾れ込み万事休すの状態から度肝を抜く水計(敵兵が城に傾れ込むことを予測して地形と河川を利用し、梁城を水没させ敵兵を壊滅させた)でもって守城戦を制します。その後、革離は城に留まって欲しいという城民の願いをよそに去っていきます。

 後半は身内である墨家集団との戦いを描いています(後半は漫画版のみのオリジナル)。当時の墨家の鉅子(最高指導者)である“田襄子”(でんじょうし)の側近“薛併”(せつへい)は、富と権力を得るために大国の“秦”に軍事協力するよう田襄子に吹き込み陥れ、墨家集団の影の支配者となります。薛併は戦闘技術に秀でた革離を味方に付けようとしますが、叶わないと分かると様々な手を駆使して襲いかかります。中でも革離の幼馴染みで墨家の農耕技術者にして虫部隊指揮官の“司路”(しろ)との戦いは斬新でした。虫の生態を熟知している虫部隊は、例えば敵にスズメバチの巣を攻撃するようにしむけ、怒ったスズメバチにその敵を攻撃させたり、蝗害(バッタの大量発生による災害)を人為的に発生させ深刻な飢饉に貶めようとしたりなど、守城技術に長けた墨家集団ならあり得るのではないかと想像を掻き立てられました。
 物語の終盤、戦争の主な原因は食料不足と考える司路は戦争を無くすために寒い気候にも負けない強い“米”の品種改良に成功します。しかし、戦争そのものを無くそうする墨家の究極を追求するがために、多くの人を犠牲にしてしまった自責の念から命と引き換えに凶悪な武装集団と化した墨家集団を“寄生虫”を使って壊滅させ、革離に墨家としての“夢”と“米”を託します。そして、中華の地を捨てた革離は理想郷を求め、南へ旅立っていきます…

 この物語では為政者が始めた戦争によって、戦争を経験したことのない農民が家族を守るために戦いを強いられます。戦争は名将、名参謀達の雌雄を決する華々しい晴れ舞台……、そんなものではなく、家族や仲間の失われていく命の前に悲鳴や怒号が響き渡り、あるいは嘔吐し、卒倒する者、ひたすら凄惨な場所として描かれています。そして、今も昔も変わらない人間の地位、名誉、権力などの欲望を描きながら、平和を唱える深い意味を持つ物語です。前半は外敵と後半は味方と戦い、欲のために敵味方関わらず互いに傷付け合う人間の業の深さに悲しくなり、様々な欲を抑えて自らを戒めるべきだと感じました。
 
 現在の日本は平和国家として世界に周知されていますが、その平和国家の象徴の一つである憲法が変化しようとしています。今年7月に共同通信にて安倍首相が「我々は(憲法)9条を改正し、その(自衛隊の)存在と役割を明記していく。これがむしろ正しい姿だろう」と述べたことは記憶に新しく、自衛隊を国防軍と捉える旨を含んだ発言をしていました。憲法改正に関しては様々な見解があると思いますが…
 『墨子』の非攻論の中で心に止まった一文を載せたいと思います。
「一人を殺さばこれを不義と謂い、必ず一死罪あり。十人を殺さば不義を十重す、必ず十死罪あらん。百人を殺さば不義を百重す、必ず百死罪あらん。天下の君子、みな知りてこれを非とし、これを不義と謂う。いま、大いに不義をなし、国を攻むるに至りては、すなわち非とするを知らず、従いてこれを誉め、これを義という。これ義と不義との別を知ると謂うべきか」

 革離が望んだ「平和」、今後続くのか…、私個人としては一抹の不安を覚えつつ「平和」が続くことを願って止みません。

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by nikikai_sapporo | 2013-11-01 13:07 | Dr.大西 康友