歯科医師が綴るコラム集やお知らせなど【二期会歯科クリニック】札幌市中央区北3条西2丁目 NC北専北3条ビル8F/TEL:011-251-2220


by nikikai_sapporo

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『カムイミンタラ再訪』

 4時半に起きて宿のカーテンを開けると空は曇っていた。
天候の回復を待って登山日を一週間延ばしたのだが青空は見えない。
前年の9月、初めて登った大雪山系黒岳山頂から目にした雄大な光景が忘れられず、夏の盛りに再び訪れた。今回は単独行だ。黒岳からさらに歩を進めて北鎮岳に登頂し北海岳経由で大雪山の大カルデラ、いわゆるお鉢を一周する計画だ。

 6時始発の黒岳ロープウエイは最盛期の週末にもかかわらず、乗客は多くない。積み残されず一度に全員が乗れた。やはり3月の震災の影響が大きいのかもしれない。前泊した層雲峡のホテルでも今シーズンの宿泊客は例年の半分しかいないと嘆いていた。
その昔山ガールだったとおぼしき喧しい東京の某女子大同窓会一行の後に着くのが嫌なので、乗り継いだリフトを降りると駆け足で登山事務所のあるロッジに向かい、入山記録簿に記入して7合目から登り始めた。
8合目までは石と言うより岩が折り重なった大変な悪路だ。足場の悪い岩の間を縫ったり、腰ほどの高さの岩を乗り越えながら登ることになる。8合目を過ぎると低く垂れこめていた雲を抜けたようで頭上には青空が広がっていた。暑さといつもの藻岩山のつもりで最初からピッチを上げ過ぎたためか、息が切れる。足が思うように運ばない。

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早朝の黒岳ロープウエイ乗り場           黒岳8合目付近   


 それでもちょうど1時間で黒岳山頂に着いた。そこには雄大な表大雪の全容が夏空の下に輝いていた。昨年の紅葉の季節もよかったが、盛夏の空の青と山の緑と山肌に残る万年雪のコントラストも美しい。はるか彼方に見える北鎮岳斜面の鳥の形状をした雪渓は特に印象的だ。
山頂で水分補給と汗でびしょぬれのシャツを着替えて20分ほど休憩してから、出発した。 

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黒岳山頂からの眺望


 途中の石室と呼ばれる山小屋はパスして雲ノ平らを行く。その名の通り大雪山の縦走路の中でも数少ない平坦なコースが2キロほど続く。登山者の姿はほとんどなくとても静かだ。登山道の道端には遅い雪解けを待ち詫びた高山植物の群落が可憐な花を咲かせている。風も雲もない晴天の朝のしーんとした静寂の中、右手には凌雲岳、はるか前方にはこれから登る北海道第二の高峰北鎮岳がゆったりとした姿を見せている。

 ここは時間と約束事に縛られた日常の世界とは全く異質な世界、太古からの自然の姿がそのままここにある。それにしてもこの素晴らしいほどの解放感は何だろう。
下界で日頃感じる様々な悩みや些細な不安は全く消え失せ、何事にも心を煩わされることなく、ただただ爽快に歩を進めていく。これほど何のストレスも感じないでいられるのは何年ぶりのことか。時の経つのも忘れて遊びに夢中だった子供の頃から絶えて久しいのではなかろうか。多幸感に包まれて無神論者の自分にさえ、もしも天国があるとするならこんな所なのかもしれないと思えてしまう。

 先住民であるアイヌの誰かが、大雪山連峰を初めて訪れて畏敬の念にうたれ、この地を神々の遊ぶ庭「カムイミンタラ」と名付けた意味が理解できるような気がした。

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雲ノ平に咲く高山植物          雲ノ平から北鎮岳を望む


 されど楽あれば苦あり、至福の時間の後には試練が待っていた。
大雪の大噴火口を望めるお鉢平ら展望台で3人の登山者と合流した。朝3時に起きて十勝の芽室町から車で来た父と娘のパーティーと、若いころ日高の山々を駆け巡っていたという年配の男性だ。この3人とは黒岳の登りの先頭集団の中で、抜きつ抜かれつしながら写真を撮ったり声を掛け合ったりしてきた仲だ。日高の男性は腰を痛めてからテントや食料などの重い荷物を担げなくなったが、それでも山が好きで、大雪山麓の各所に車を止めては車中泊しながら日帰り登山をしているとのこと。額に白いタオルを巻いて年季の入った登山靴を履き、近代的な登山装備とは全く無縁な格好でひょうひょうとしているのがいい。日高のいろいろな山の話を聞けて楽しかった。芽室の親子連れにはこの後助けられることになる。

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お鉢平展望台              お鉢全景 


 展望台を過ぎると徐々に傾斜がきつくなり、北鎮岳登山口の北鎮分岐に至る途中には急な雪渓が控えていた。登山靴のつま先でステップを切りながら登って行くのだが雪は軟らかく、傾斜は30度以上もあろうかと思えるほどきつい。距離にしたら60m前後しかない雪の急斜面を息を切らしてよじ登った。ようやく北鎮分岐にたどり着いた時には息も絶え絶えでへたりこんでしまった。北鎮岳はすぐ目の前で手の届くところにそびえているのだが、ここまでの登りで体力をだいぶ消耗してしまい、頂上へ続くザレ場の急斜面に登頂意欲が萎えた。先行していた芽室町のお父さんに、北鎮岳はパスしてこのまま北海岳に向かおうと思うと話すと、「せっかくここまで来たのだから登った方がいいよ。ゆっくり登ると大丈夫、あまり山に登ったことのないうちの奥さんだってこの前来た時登れたんだから」と励まされた。
そうか老いたりとは言え俺も男だ、芽室の奥さんには負けられないと気持ちを奮い立たせてアタックすることにした。後からやって来た日高のおじさんはこのまま旭岳に向かうのでここで別れた。少しでも身軽になるようリュックを分岐の標識にひっかけてデポし北鎮岳を登り始める。ここから頂上までは標高差で100m足らずだが砂利で足元が悪く傾斜もきつい。足の筋肉疲労よりも呼吸が苦しい。10歩登っては息を継ぎ、5歩登っては休みつつとうとう標高2244mの北鎮岳の頂きにたどり着いた。ここは旭岳に次いで北海道で2番目の高所だ。時間にして20分くらいしかかかっていないのだがきつかった。山頂には先行者が3人いるだけでとても静かだ。僅かに風の吹きぬける音しか聞こえない。眼下に雲がゆっくり流れていた。

 左手遠くにはさっき登ってきた頂にこぶを付けたような黒岳の特徴的な姿が見え、右手には中岳から旭岳方面に続く縦走路、そしては正面にはこれから向かう北海岳が足元の大カルデラを望むように鎮座している。目を後方に転ずれば、はるかかなたに愛別岳の急峻な頂きがそびえ立っている。360度どこを向いても大雪山系の雄大な眺望を目にすることができる。芽室のお父さんに励まされなければここには来られなかった。ありがとう!
この二人はここからさらに奥に進み難所が続く愛別岳に向かう。無事を祈って北鎮岳山頂で別れを告げた。

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北鎮岳から中岳に続く縦走路          右奥は急峻な愛別岳 


 しばし山頂からの大パノラマを堪能したあと、ザレ石に足をとられながら北鎮分岐へ下山し、再びリュックを背負って歩き始めた。ここからは道連れのいない文字通りの一人旅になる。北鎮分岐から中岳や間宮岳などを経由して北海岳に至るルートは、比較的傾斜の緩やかな尾根道が延々と続く。ここまでの道中で反対方向からやってくる登山者には数人しか出会わなかった。この夏山シーズン、大雪銀座ともいわれるほど賑うはずのルートにしてはとても珍しいことだろう。数少ない対向者の一人におもろい関西系アラサー女性登山者がいた。天気予報をみて思い立ち、昨日大阪から飛行機に飛び乗って一人で来たそうだ。いつもは友人と二人で槍ヶ岳をはじめ北アルプスの山々を登っているという。
朝一番に旭岳に登頂してこれから黒岳石室に向かうのだが、今朝は着替えや宿泊の準備をしないで来てしまった。このまま黒岳まで行き、そこから層雲峡に下山して一泊したのち翌日黒岳を登り返して逆コースを戻るべきか、それとも石室の山小屋に一泊すべきか迷っているがどうしようと言われた。どうしようと言われてもねぇ。タイプの女性ならそれなりの返事はできたのかもしれないけれど全然そうではなかったので、石室には売店もあるしレンタルの寝袋もあるので、そこに着いてから決めたらと言ってその場は別れた。 

 縦走路の下りでは普通に足が動くが、わずかな登りになると途端に息が切れてしまう。上半身全部を使って深く呼吸をしなければ息が続かない。頭の中で1,2,3と数を数えながらできるだけゆっくり歩を進める。途中、水とカロリーバー以外はほとんど口にしていないのだがなぜか食欲はなく、少し頭痛がする。額に巻いた汗よけのヘッドバンドでさえうっとうしい。標高2000mを超すと大気中の酸素濃度は平地の80%以下に減少する。高度順応ができていなくて血中酸素濃度が低下した結果、ごく軽度の高山病、いわゆる山酔い状態になっていたのだろう。

 黒岳に登り始めてから4時間半後のちょうど正午に北海岳に着いた。
さすがに間宮岳から北海岳付近には旭岳を登ってきた登山者が多く、ここまでとは違ってにぎやかだ。それでも東京から来た若い登山者に、ここの山は人が少ないですねと言われた。このシーズン上高地や日本アルプスなら人でごった返すそうだ。
午後になって雲が出てきた。北海岳のベンチでしばらく休憩し、今朝登ってきた黒岳と北鎮岳の遠望をカメラと自分の眼に焼き付けて帰路に就いた。

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間宮岳付近から右手はるか遠く黒岳を望む


 ここから北海沢までは下りだけなので気が楽だ。どんどん足が進む。休んだせいかいつの間にか頭痛も消えていた。食欲も出てきたので北海沢の朽ちかけたベンチに腰掛け、宿で作ってもらったおにぎりを食べた。雪解け水が流れる明石川を石伝いにジャンプして渡り、野生の高山植物が咲き誇るお花畑を楽しみながら午後1時過ぎに黒岳石室にたどり着いた。そこでばったり例の大阪の山ねえちゃんに会った。食料もなにも持ってこなかったけれどどこかのおじさんが分けてくれるというので、今晩は山小屋に泊まり明日ご来光を拝んでから引き返すことに決めたそうだ。よかったね。ほんまに女性はたくましい。特に関西のおなごはんはね。

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 北海沢に咲くチングルマ           エゾコザクラ   


 山の天気は変わりやすい。ガスが出てきて急に視界が悪くなったので帰路を急いだ。午前中晴れ渡っていたのに今は20m先が見えない。雲の中、痛む足を引きずりながら黒岳を降り、ふもとの温泉に浸って汗を流してから、車を飛ばして帰宅した。
ずいぶん疲れたが、素晴らしい自然と楽しい人たちとに巡り会えて至福の時を過ごすことができた。

 あれからもう1年近くたつ。名前も聞かずに別れてきたが、あの日、山で出会った人たちのことをときどき思いだす。
大雪の神々が姿を変えて、少しだけ遊んでくれたのかもしれない。

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(了)


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by nikikai_sapporo | 2012-06-01 00:01